ぐるます

Enjoy Math & Science !

大きい無限と小さい無限

こんにちは。
昼間はまだまだ暑いですが、朝晩がぐっと涼しくなり、過ごしやすい時期になってきましたね。

夏休みが終わりに近づいてきました。高校のときよりずいぶん長いはずが、一瞬で過ぎ去っていきました(笑)

私の大学では後期から一部の科目で念願の対面授業が始まりますが、対面は全体の1割前後で、すべての授業を学校で受けられる日は遠そうな現状です。
後期はかなり期待していたので残念ですが、仕方ないですね。一部の対面授業が認められただけでも進歩ですし、良かったなぁと思います。



さて。
今回は、無限の面白さについてお伝えしたいと思います!


次のクイズを考えてみてください。


【クイズ】
すべての 奇数、整数、有理数、実数、複素数 の個数を比較したとき、正しいのはどれですか?

複素数 a+bi の形で表される数 (  a,\ b は実数、 i虚数単位)
※ 偶数の個数と奇数の個数は同じです (偶=奇)


① 奇<整<有<実<複

② 奇<整<有=実<複

③ 奇=整=有<実<複

④ 奇=整=有<実=複



決まりましたか?


このクイズ、実際にTwitterを用いてアンケートをとってみました。
(数学アカウントではものすごくバイアスがかかってしまうので、別のアカウントでとった結果です。)

母数もそれほど大きくないですし、年齢層も私と同じぐらいの人に偏ってはいますが、投票してくれた人の文系理系や数学の好き嫌いなどはまあまあバラけているかな、といったところです。
①が圧倒的に多いですね。



ここで答えを発表したいと思います。

正解は ④ 奇=整=有<実=複 です!


迷わずに④を選んだ人には、今から書く内容はほとんど既知で面白くないかもしれませんが…

少しでも迷った人、①②③を選んだ人は、これから解説していくので、それでなるほどと思っていただければOKです!




奇数、整数、有理数、実数、複素数は無限に存在します。それなのにその個数を比較せよだなんて、おかしな話に思えるかもしれません。
これは選択肢には入れられなかったのですが、全部無限なのだから、奇=整=有=実=複 なのでは? と思った方もいるでしょう。


まず、この5つの数の間には、皆さんもご存じのように、以下のような包含関係が成り立っているはずです。

これを見ると、奇<整<有<実<複 であるように思えてきます。
実際、こう答えた人が最も多かったですし、直感的には自然な考え方だと思います。特に、整数は奇数の2倍あるだろうと思いますよね?


しかし、答えは 奇<整<有<実<複 ではないのです!!
今は無限集合を考えているというのが最大のポイントになります。


有限集合だと、例えば、1から10までの範囲に存在する数だけを考えると、奇<整 で、整数は奇数のちょうど2倍です (有理数や実数は1から10の区間内だけでも無限にあるので、一旦おいておきましょう)。
私たちは基本的に有限な世界で生きているので、有限集合に関しては、直感は正しかったというわけです。


でも、無限を扱うときには必ずしも直感はあてになりません。そもそも、〜個、と数えることができない世界を無限と呼ぶのに、個数という言葉を使うのは適切か? というとちょっと微妙です。


そこで数学では、無限集合の要素の個数のことを、 「濃度」 という概念で考えます。
言葉のイメージ通り、数がぎゅうぎゅうに詰まっているのか、散らばっていてスカスカなのか、という感じです。


クイズの正解が 奇=整=有<実=複 である理由を、濃度を用いて説明していきます。


大前提として、濃度が等しいとはどういうことか? を定義せねばなりません。

2つの集合の濃度が等しいとは、それぞれの集合の要素が、漏れなくダブりなく 「1対1対応できる」 ことと定義されます。


例えが有限集合になって申し訳ないのですが、集合Aに10人の子供が、集合Bに10人の大人がいるとしましょう。
大人1人と子供1人がペアになって手を繋いだとき、余ってしまう人はいませんよね。なので、AとBの濃度は等しいといえます。
ところが集合Aに子供が11人いたらどうでしょう。子供が1人余ってしまいます。3人組になって手を繋ぐことは許されません。このときAとBの濃度は等しくないことになります。


それでは、順番に見ていきましょう。


(i)奇数=整数 について

整数  x に対して、奇数  2x-1 が対応することにすると

このように、どこまでも手を繋いでいけますよね。余ってしまう数や、2本の手で繋がってしまう数はいませんよね?
というわけで、奇数と整数の濃度は等しくなります。有限集合では、整数は奇数の2倍もあったのに不思議ですね。
同じ原理で、偶数と整数も等しいですし、自然数と整数も等しいです。


(ii) 整数=有理数について

正の整数の濃度と正の有理数の濃度が等しいことを示せば十分ですね。有理数とは、分母が自然数、分子が整数である分数の形で表せる数 (整数を含む) のことでした。

以下のようにすれば、正の整数と正の有理数を1対1対応できます。

横1列の分母はすべて等しく、分子には左から順番に分母と互いに素な自然数のみを選んで並べています (約分できない分数のみを考えるため) 。

こうすると、すべての有理数に、整数の番号を漏れなく割りふることができます。ジグザグと斜めに数えていくのがポイントです!
右に向かって横へ横へ番号をつけていくと、どこまでいっても次の段に折り返せないからです。

有理数0には整数0を、そして負の有理数には上と同様にして負の整数で番号を割りふればよいですね。
これで、整数の番号を付けてもらえない有理数が1つも存在しないことがわかるでしょうか?
整数と有理数の濃度は等しいのです。


(iii) 有理数<実数 について

実数は、有理数無理数を合わせたものです。
今、自然数、整数、有理数の濃度がすべて等しいということがわかったので、もしすべての実数に、自然数の番号を割りふっていけたら、有理数と実数の濃度は等しいといえます。

しかし、それは絶対にできないということが知られています。

無限に整数を用意しても、0から1の間にある実数にすら、番号を漏れなく割りふることは不可能であることがわかっているのです。

その理由をざっくりと説明すると、実数にどれだけ頑張って番号をふっても、それらを番号順に整列させた数列から、新たな (=番号のふられていない) 実数を生み出せてしまうから、です。

具体的に見てみましょう。

自然数と、0から1の範囲 (0は含む、1は含まない) にある実数の濃度が等しいと仮定します。背理法を使います。
適当に実数を並べ、1, 2, 3, …と自然数を割りふっていくとします。
仮定が正しいならば、これを無限に続けることで、すべての実数に自然数を割りふることができます。
割りふりの順番は、重なってさえいなければなんでもよいです。下の画像の実数も、超テキトーなので、順番に意味はありません。

すべてに割りふり終わったら、上の図のように、1番の数から順番に対角線状に数字を選んでいきます。 n 番をつけられた実数の小数第  n 位を選ぶということです。

そして、選ばれた数と異なる数字 (図では+1した数にしていますが、異なればなんでも良いです) を順に繋げていきます。
そうすると、新たな実数 (無限小数になります) ができあがります。この実数を  X としておきます。

ここで、すべての実数には自然数の番号が割りふられていると仮定しているので、 X にも、自然数の番号がついているはずです。

しかし、  X は1番の実数とは1桁目が異なり、2番の実数とは2桁目が異なり、…、 n 番の実数とは  n 桁目が異なります。

つまり、すべての実数に番号をつけたはずの実数リストのどこを探しても、実数  X は見つからないということです。
これは矛盾です。

従って、0から1までの範囲にある実数に自然数を割りふることはできません。
ましてや、すべての実数に割りふることなどできません。

これをカントール対角線論法といいます。

実数の濃度は自然数の濃度、すなわち有理数の濃度より大きいのです。


(iv) 実数=複素数 について

これも驚くべき事実です。実数は数直線 (=実軸) 上にあるすべての点、複素数はそこに虚軸を直交させてできた平面上にあるすべての点に対応します。

実数=複素数というのは、なんと、直線上の点の数と平面上の点の数が同じだといっているのです!
すなわち、1対1対応が可能です。


実数は小数の形で表すことができます。無限小数になることもあります。
複素数は、複素数平面上の点と対応しています。  13+2i なら  (13,\ 2) という点です。複素数と、平面上の点は間違いなく1対1対応しているといえますね。

すべての複素数に実数を漏れなくダブりなく対応させるにはどうすればよいのでしょう?
以下、複素数を平面上の点と同一視します。


例えば、 (13,\ 2) 132 と表すことにすると、 (1,\ 32) (0,\ 132) と区別がつきません。
かといって、 13.2 と表すことにすると、 (1.5,\ 6.2) などの小数を含む点が表せません。


実は、次のようにするとうまくいくのです。例として、無限小数を含む点  \pi + \sqrt 2 i を考えます。
 x 座標と  y 座標を小数で表し、桁を揃えて並べます。どちらも無限に続きます。

 \ \ \color{red} x \ \ =\ \ \color{red} 3 \color{red} .\ \color{red} 1\ \color{red} 4\ \color{red} 1\ \color{red} 5\ \color{red} 9\ \color{red} 2\ \color{red} 6\ \color{red} 5\ \color{red} 3\ \color{red} 5\ \color{red} \cdots

 \ \ \color{blue} y \ \ =\ \ \color{blue} 1 \color{blue} .\ \color{blue} 4\ \color{blue} 1\ \color{blue} 4\ \color{blue} 2\ \color{blue} 1\ \color{blue} 3\ \color{blue} 5\ \color{blue} 6\ \color{blue} 2\ \color{blue} 3\ \color{blue} \cdots

これを、同じ位の数を  \color{red} x \color{blue} y の順に並べて交互に読んでいけば、1つの実数になります。
 \color{red} x \color{blue} y のどちらかが無限小数ならば、生成した実数も無限小数になります。

 \ \ \color{red} 3\ \color{blue} 1\ .\ \color{red} 1\ \color{blue} 4\ \ \color{red} 4\ \color{blue} 1\ \ \color{red} 1\ \color{blue} 4\ \ \color{red} 5\ \color{blue} 2\ \ \color{red} 9\ \color{blue} 1\ \ \color{red} 2\ \color{blue} 3\ \ \color{red} 6\ \color{blue} 5\ \ \color{red} 5\ \color{blue} 6\ \ \color{red} 3\ \color{blue} 2\ \ \color{red} 5\ \color{blue} 3\ \cdots

赤だけ読めば  \color{red} x 、青だけ読めば  \color{blue} y になっていることがわかると思います。


逆に、 20315.384905040801 という実数があったとき、これは
 \ \ x \ = \ 001.340000 \ すなわち  \ 1.34
 \ \ y \ = \ 235.895481
となり、  1.34+235.895481i という複素数に対応します。実部と虚部の桁数が違う場合は  0 で補完すればよいのですね。


これで、平面上のすべての点 (複素数) を直線上のすべての点 (実数) に対応させられたので、実数と複素数の濃度は等しくなります。




以上の結果から、奇=整=有<実=複 が正解でした!



ここから先は余談です。

奇数や自然数、整数、有理数の濃度を  \aleph_0 (アレフゼロ、アレフノート、アレフヌル)、 実数や複素数の濃度を  \aleph_1 (=\aleph) (アレフワン、アレフ) といいます。
右下の数字が大きくなるほど 「大きな無限」 ということになり、自然数の集合は、言うなれば 「最も小さい無限」 ということですね。 可算集合 (可付番集合) ともいいます。
無限には階層があったのです…!

ちなみに、  \aleph_0  \aleph_1 との中間の濃度をもつ集合は存在しないという仮説がカントールによって提唱されており、連続体仮説といいますが、証明も反証もできないことがわかっているそうです。

自然数で漏れなくダブりなく番号がふれる無限集合ならなんでも  \aleph_0 です。素数の集合、平方数の集合、7の倍数の集合…などなど。


無限を扱うとたびたび直感に反する事実に遭遇します。そのため最初は戸惑うし、理解するのも難しいかもしれません。
ですが、それを理解できたときには無限の魅力を感じてもらえるかと思います!

このお話を通して、無限って不思議で面白い!と思っていただけたなら嬉しいです。


それでは、今回はこのへんで。





PCR検査について知ろう!

こんにちは!
まだ相変わらずまったくの躊躇なく外出することはできない毎日ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

部屋の窓を閉めているとかなりむっとするようになり、我が家では扇風機が活躍し始めました。しばらく外に出ないうちにいつの間にか夏が近づいているんだなぁ…と感じさせられる今日この頃です。

4月後半から、オンラインという異例の形ではありますが、大学の授業がスタートしています。
一日中パソコンの前に座って講義を見たりレポートを書いたり、しんどいですね。肩・首・背中が凝るわ凝るわ。何より、目への負担がものすごいです。

しかし、この不測の事態で大変な中、私たちが楽しく授業を受けられるように色々工夫してくださる先生もいます。
つらいのは自分だけではないですし、そういった先生方に感謝しつつ、事が収まるまでは自分のペースでコツコツ勉強していくしかないですね。


本題


さて、今回のテーマはタイトルにもある通り。
最近ニュースでよく聞く、PCR検査についてです!

というのは、私が尊敬してやまない、最強に面白い数学ブログを書いている方が先日 (…といっているうちにもうかなり前になってしまいましたが) 病気の検査の陽性陰性についての話を、数学と絡めたとてもわかりやすく興味深い記事を更新されていたんですね。
それに触発され、私もこの毎日嫌というほど耳にする新型コロナウイルスの話題から着想を得た記事が書けないかなぁ、と思ったのです。

その記事というのがこちら:
【数学】「検査で陽性だった人が実際に病気である確率は数%程度」とかいうやつ、何?-アジマティクス
ぜひぜひご一読を。

そこで目についたのがPCR検査です。ウイルスの検出に使う医療技術なのだろう、くらいは想像がついているかと思いますが、みなさん、PCR検査っていったいなんなのか知っていますか?
医学に関しては私は全くの専門外なので、私も正確に理解しているとは到底言えないような知識ではありますが、生物学的な観点から少しお話したいなと思います。

高校生物の知識ゼロから理解してもらえるような記事にする予定ですのでご安心ください。

(※そのため、生物学的に厳密でない表現をときどき使用します。
そのような箇所には脚注 *1 で補足していることがありますが、読まなくても本文を理解するのに差し支えはありません。余裕があればで大丈夫です。)

PCR*2 や遺伝子組み換えをはじめとする、「バイオテクノロジー」 と呼ばれる分野は、私が高校生物においてもっとも好きな分野で、生物嫌いを克服したきっかけと言っても過言ではありません。

そしてちょうど今、高校で生物をとっていなかった (あるいは、好きではなかった) けど、大学で生物が始まって、モチベーションが上がらないなぁ…という人もいるかもしれません。

生物が好きな人にもそうでない人にも、バイオテクノロジーを通して生物の面白さを少しでもお伝えできるよう、張り切ってまいります!


ここから先の流れをざっとまとめておきましょう。

PCR法とは
②予備知識:ウイルスは生物?/ 細菌との違い
PCR法の原理
④数学とのつながり〜指数爆発〜

PCR法とは

私たちの遺伝子 (=DNA) *3 はとってもとっても小さいです。肉眼で見ることはおろか、光学顕微鏡を使っても見ることはできません。超スゴーーイ倍率の電子顕微鏡でも、なかなか厳しいでしょう。
(あ、繊維のようなモヤモヤ〜っとした形でなら、大量に集めて上手いこと取り出せば肉眼でも見えますよ。私は高校の授業で、ブロッコリーのDNAを抽出する実験をさせてもらい、DNAからなる白いモヤを観測したことがあります。見えないというのは、下図のような1本1本の二重らせんが判別できないということです。)

DNAの直径は約2nm (ナノメートル) だそうで、これはなんと!ヒトの髪の毛 (0.08mm) のおよそ4万分の1になります。

これだけ細いのですから、当然、質量もものすごく小さくなります。

ヒトがウイルスに感染しているかどうか、すなわちウイルスの遺伝子をもっているかどうかを検査したいとき、そんなちっぽけなDNA (RNA *4 ) がウイルス由来かどうかなんて、わかるはずがないのです。

PCR法 (Polymerase Chain Reaction method, ポリメラーゼ連鎖反応法) とはズバリ、この小さなDNAを、
増幅して大量にし、解析しやすくする
技術です。


②ウイルスは生物?/ 細菌との違い

これはPCR法と直接関わる話ではなくて少し余談…なのですが、私たちが生きていく上で避けることのできないさまざまな病気に関わることです。みなさんにウイルスについての正しい知識をもっていてほしいなと思ったのでお話します。


突然ですがクイズです!

ウイルスは生物の一種といえるでしょうか、それとも無生物でしょうか?
では、ウイルスとよく混同されるものに細菌がありますが、細菌はどうですか?
そもそも、生物と無生物の境目ってなんだと思いますか?

少し考えてみてください。



先ほど、私はPCR法の説明で、ウイルスの遺伝子をもっているかどうかを…と書きました。そう、ウイルスは遺伝子をもっているんです。
遺伝子をもっているってなんだかだいぶ生物っぽい特徴ですね。



では、正解発表。
ウイルスは、無生物です。
生物と無生物の中間の存在だ!とする考え方が主流ですが、少なくとも、生物ではありません。
そして細菌は、生物です。
生物と無生物の境目についてはこのあと詳しく述べます。


つまり、ウイルスと細菌を間違える人が多いですが、これらは似ているどころか、生物かどうかというこんな根本的なところに違いがあります。

まずウイルスの特徴を見てみましょう。
ウイルスはタンパク質でできた殻の中に、DNAまたはRNAをもった構造をしています。個人的な印象だとRNAをもつもののほうがよく聞きます。

そして、ウイルスは増殖をすることができますが、それは自分の力だけでは決してできません。
標的とした生物の細胞を 「乗っ取る」 ことではじめて増殖ができるのです。

ウイルスが生物の細胞に付着すると

ウイルス自身の遺伝子を細胞内に送り込みます。この時点で、この細胞はウイルスに乗っ取られてしまいました。

細胞は、本来であれば、自身の遺伝子をコピーして増殖したり、その遺伝子をもとにして、生きていくのに必要な物質 (タンパク質など) を合成する能力をもちます。
遺伝子は、タンパク質の設計図の役割をもつからです。

乗っ取られた細胞は、その大事な大事な遺伝子複製能力と、タンパク質合成能力を、ウイルスの遺伝子に対して使わされることになります。
その結果、細胞内でウイルスの遺伝子のコピーがたくさん生み出され、

その遺伝子をもとに、ウイルスの殻であるタンパク質まで作らされます。

最後に、乗っ取った細胞から次世代のウイルスが外に出て (イラストでは細胞が破壊されていますが、破壊せずに出ていく場合もあります)、また新たに乗っ取る細胞を探しにいきます。
こうしてウイルスは、遺伝子を送り込んだだけで何もしていないのに、増殖することに成功するのです。


生物にとってウイルスが害となる理由はここにあります。乗っ取られた細胞は、もう正常の細胞に戻ることはできず、ウイルス生成機と化す運命を辿るしかありません。
こうなってしまうと、ウイルスの増殖を抑えるためにはその細胞を殺すしかないので、ヒト体内では、免疫に関わる細胞たちが発動し、乗っ取られた細胞を攻撃・排除します。
ウイルスそのものではなく、もともとは仲間だった自身の細胞を殺すわけです。悲しいですね…自己防衛のためとはいえ。


さあ、ウイルスが生物といえないのは、上で説明したように、自力で増殖することができないからというのが重要そうです。

ここで、一般的に生物の定義とされている条件を見てみましょう。*5

  1. 体が細胞でできている
  2. 自己複製ができる
  3. 代謝を行う

他にもいくつかあるのですが、主なものはこの3つでしょう。

まず 1. ですが、ウイルスの体はタンパク質でできた殻で、これは細胞とは呼べません。細胞ならば細胞膜 (脂質 *6 からできています) で包まれており、またウイルスは細胞小器官ももっていません。
2. は先ほど説明した通りです。複製は乗っ取った細胞の力でやっているのです。
3. も実は乗っ取った細胞を借りてはじめて行えます (代謝とはエネルギーを使うことで、呼吸や光合成が代表的です) 。

一方、細菌 (大腸菌、乳酸菌、納豆菌、などなど…) *7 は上の条件をすべてみたしているので、生物なのです。


PCR法の原理

それでは、いよいよメインテーマです。
先述のように、PCR法は、DNA内の特定の塩基配列をとにかく増幅したい!という目的で行います。

大まかな手順は以下の通りです。

  1. (PCR法はDNAに対してしか行えないので、増幅したい配列がRNAである場合、同じ配列をもつDNAに変換する 「逆転写」 という操作を行う) *8
  2. 高温条件にして、DNAの2本鎖をほどく
  3. 温度を下げ、プライマー (後ほど説明) をDNAに結合させる
  4. 温度を再び上げ、DNAを伸長させる
  5. 2.〜4.を繰り返す


それでは、詳しく見ていきましょう。

1. RNA → DNA への変換 (必要に応じて)
脚注 8 に書いてある通り、逆転写酵素の力を借ります。


2. 2本鎖をほどいて1本鎖に
DNAの2本鎖は水素結合で結合しています。約95℃に加熱することで、結合を切ることができます。


3. プライマーを結合させる
プライマーとは、ほんの数塩基からなる短いDNA断片またはRNA断片のことです (PCR法で使うのはDNA : 脚注 9 参照) 。

DNAを合成するのはDNAポリメラーゼという名前の酵素です。PCR法の "P" は、この 「ポリメラーゼ」 の略なのでした。
この酵素は、何もないところからは新たな鎖を合成することができず、合成を開始するためには 「足場」 が必要となります。

その足場となるのがプライマー *9 で、増幅したい領域の両端の塩基配列にちょうど結合できるような配列にしておきます (プライマーは任意の配列のものを化学的に合成できます) 。

95℃から温度を下げ、55℃程度にすることで、再び水素結合が形成され、プライマーがDNAに結合できます。



4. DNAを伸長させる
DNAを合成するのは、DNAポリメラーゼという酵素でしたね。

酵素には最適温度というものがあり、私たちヒトがもつ酵素は35〜40℃でよくはたらくので、体温がそれくらいに保たれています。そして、あまりにも高温にすると、酵素は活性を失い (失活といいます) 、もう使い物にならなくなります。
しかし、PCR法には、手順2. で90℃にするプロセスが含まれ、普通の酵素なら失活してしまうはずです。

それでは困ってしまいますね。どうすればよいのでしょう?

地球には、様々な生物が、様々な環境に暮らしています。中には、私たちから見るととてつもなく厳しい条件で暮らしている生物もいます。

ここで、DNAの複製のしくみは全生物で共通であり、DNAポリメラーゼをもつのはヒトだけではありません。DNAの複製をしなければ細胞が分裂できず、生きていけませんからね。

というわけで、超高温の環境で暮らしている生物のDNAポリメラーゼを使うのです!このDNAポリメラーゼなら、高温で失活しないどころか、よくはたらきます。
具体的には、深海の熱水噴出孔などに生息する好熱菌のDNAポリメラーゼを使います。

温度を再び上げて72℃程度にすると、DNAの合成が進んでいきます。これくらいの温度が、好熱菌酵素の最適温度なのでしょう。


こうして、1サイクル目の複製が完了です。


5. 2.〜4.を繰り返す
2サイクル目です。


3サイクル目です。

最初は余計な部分まで含んだDNAが多いですが、繰り返していくとだんだん目的の領域のみの断片の割合が増えていきます。


④数学とのつながり~指数爆発~

さて、先ほどPCR法の3サイクル目までの複製の様子を見てきました。

まれに、DNAにプライマーやDNAポリメラーゼがうまく結合しないなどのトラブルがある可能性はありますが、すべてのDNA鎖があの調子で増えていくと仮定するとどうなるでしょうか。

(※DNAは2本の鎖で1セットですので、この1セットを1本と数えるべきなのですが、ややこしいので、以下、2本鎖の組は 「セット」、それをほどいてできた1本鎖を 「本」 の単位で数えることとします。)


最初は1セット、
1サイクル目で2セット、
2サイクル目で4セット、
3サイクル目で8セット、

もうおわかりですね。
x サイクル目終了直後のDNA断片数[セット] を y とすると

y=2^{x}
が成り立ちます。指数関数ですね。

2¹⁰ = 1024 ≒ 10³ ですので、
2²⁰ = (2¹⁰)² ≒ 10⁶ 、2³⁰ = (2¹⁰)³ ≒ 10⁹ 、…
となり、なんとたったの30サイクルで、10億倍にまで増やすことができます。
10億ってすごい数字ですよね。文字通り、桁違いのスピードで増えていきます。

みなさんは 「指数爆発」 という言葉を聞いたことがありますか?
指数関数が爆発的な増え方をすることからこう呼ばれます。爆発とはどういうことでしょう。


先ほどの式 y=2^{x} のグラフを見てみましょう。

これだけ見ると、そんなに爆発的には見えないですよね。緩やかにさえ見えます。


では、これをもう少しズームにしてみます。

おお、かなり傾きの急なグラフになりましたね。


まだまだ引いてみると…

これはすごいですね。原点でカクンと折れ曲がっているかのようです。

これが指数爆発なんです。
x が負の範囲の y の値はすべて 0 であるかのように見えますが、すべて正の数になっています。左にいけばいくほど限りなく 0 に近づいていきますが、決して 0 に一致したり負になったりすることはありません。
逆にいうと、この関数は x が負の範囲でも常にほんの少しずつ増加している単調増加関数です。少しずつ増加していき x=0 を超えた瞬間急激な増加に変わるのが、まさに爆発という感じです。
ナノレベルのDNAを解析するためには、爆発的に数を増やす必要があるので、指数爆発が起きてくれるのはPCR法にとってとてもありがたいことなわけです。

PCR法の1サイクルは、ほんの5分ほどで終わります。なので、20サイクル繰り返すのには2時間、30サイクルだとしても3時間あれば終わることになります。10億倍にするのにたったの3時間。

しかも、本質的な作業はすべて酵素にお任せしているので、人間側がすることといえば、DNA合成に必要な材料 (ヌクレオチド) の供給と、温度の上げ下げのみです。
90℃ → 55℃ → 72℃ のサイクルをきちんと行えば、短時間で大量のDNA断片が手に入るということですね。

おわりに

さて、PCR法はいかがでしたでしょうか。生体内で日常的に行われているDNA複製を、短いスパンで人工的に再現しているわけですが、私たちの体内の目に見えないところでこんなシステマチックなことが起きているなんてワクワクしませんか。

冒頭でも書きましたが、医学の知識のない人間が書いた文章ですので、もし誤り等あればご指摘願います。

高校生物の知識ゼロで読める!と豪語しましたが、少し難しくなってしまいましたね…。

脚注まで読む気力はないかもしれませんが、脚注 9 のテロメアや岡崎フラグメントあたりの話は私が個人的に特に面白いと思う分野です。脚注のわりに異常に長いのはそのためです。
興味もっていただいた方は是非、詳しく調べてみてくださいね!


私の個人的な意見になりますが、生物学の1番の魅力は、生物ってほんと、よくできてんなぁ!と感じられることです。
今回はDNAの複製プロセスに対しての、よくできてんなぁ!をご紹介しました…この稚拙な文章でそれが伝わったのかはさておき。

意志をもたないタンパク質などに対して使うにはおかしな表現なんですが、そんな賢いやり方どうやったら思いつくの?!って感じるシステムばかりです。いやほんとに。まるでタンパク質が意志をもっているかのような挙動をするんですよ。

それでもって、テロメアのように、そこはもうちょっと上手いことできたのでは…?と思うところがしばしばあるのもまた興味をそそられます。
そういったところは、生物の進化が間違っていたのではなく、私たち人類がまだ生物のミクロ世界のあまりの高度さについていけていないだけなのでは…
というのは私の勝手な想像です。


というわけで、みなさんに少しでも生物学の魅力が伝わっていれば幸いです。
では、今回はこのへんで!






*1:←数字をタップすると文章のもとの場所に戻れる。PCなら、本文中で数字の上にカーソルを置くだけでも読める。

*2:細かな違いだが、生物学的なお話をするため、以後PCR検査ではなくPCR法と呼ぶ。PCR法という手法を使って行う検査のことを文字通りPCR検査という。実際の医療現場で使われるのは検査の目的なので、PCR法という言葉はあまり聞きなじみがないかもしれない。

*3:DNAはデオキシリボ核酸の略。名前の通り酸性の物質で、ヌクレオチドという単量体がつながった高分子化合物である。また遺伝子とは、生体を構成するタンパク質をつくるための設計図のようなもの。 その遺伝子の本体にDNAという物質が使われているということなので、遺伝子=DNA、とすると少し語弊があるのだが、最初はその認識でも問題ないであろう。

*4:RNAはリボ核酸の略。ウイルスの遺伝子はDNAではなくRNAからできている場合がある。遺伝子の本体であるという性質は共通であるが、DNAとRNAには3つの違いがある。 1.DNAは2本鎖、RNAは1本鎖。  2.DNAを構成する4種類の塩基はアデニン、チミン、グアニン、シトシン。一方、RNAを構成する4種類の塩基はチミンの代わりにウラシルが含まれ、他の3つはDNAと同じである。  3.分子内に含まれている糖が、DNAはデオキシリボース、RNAはリボース。

*5:もう少し厳密な言葉を使うと次のようになる : 1.膜 (細胞膜) によって外界と仕切られている  2.遺伝物質をもち、自分自身とほぼ同じ形質の子をつくることができる  3.生命活動のためにエネルギーを利用する

*6:細胞膜はリン脂質という脂質の二重膜からなる。 ところで、みなさんも聞いたことがあると思うが、ヒトの身体の約60%は水からできている。 次に多いのがタンパク質で、20%程度。 そしてその次にくるのはなんと脂肪であり、15%程度といわれる。この数字を見ると、え!私の体脂肪ってそんなに多いの!?と驚くかもしれない。 しかしそうではなく、これは全部で37兆個もあるといわれるヒトの細胞を囲んでいるのがリン脂質だからなのだ。

*7:ちなみに、 「細菌」 と 「菌」 は名前は似ているがまったく別物。本文に例を3つ挙げたが、大腸菌のように、○○菌と呼ばれるものは (酵母菌など例外はあるが) 基本的に細菌であり、菌ではない。なんと紛らわしい…。 菌に含まれる代表的な生物には、カビやキノコがいる。

*8:この操作は、DNAの塩基配列をコピーしたRNAを合成する 「転写」 (←生体内においてと〜っても重要なはたらきである) の逆なので、「逆転写」 と呼ばれる。反応には逆転写酵素という酵素を用い、逆転写によって得られたDNAをcDNAと呼ぶ。また、cDNAを用いて行うPCR法のことを、RT-PCR法 (Reverse Transcription, 逆転写 -PCR法) という。

*9:PCR法で使うプライマーはDNAプライマーであるので、プライマーは足場としてはたらいた後、DNAポリメラーゼが合成した新たな鎖と繋がって、目的のDNAの一部となる。 一方、DNAの複製は生物の体内でも盛んに行われているが、そのときに使われているのはRNAプライマーである。よって、DNAが合成されると、プライマーはRNAなのでそのDNAの一部となることはできない。 色々な事情 (←詳しく知りたい人は「岡崎フラグメント」 で検索) により、DNA合成終了直後、一方の鎖にはRNAプライマーが1個だけ、もう一方の鎖には大量に含まれている。 そのため、合成が終わるとRNAプライマーは取り除かれ、その結果、ところどころ穴のあいたDNAが合成される。 そして、新たにできたDNAを足場としてDNAが合成され、穴が塞がれる。しかし、このとき、上の鎖では左方向 (←) 、下の鎖では右方向 (→) にしか合成できないため、両端だけは足場がなく、塞ぐことができない。 その結果、複製できなかった部分は捨てられてしまう。 よって、DNAは複製のたびに少しずつ短くなってしまう!! そのため、DNAの両端は遺伝情報をもたない塩基配列になっており、これを 「テロメア」 という。 しかし、複製を繰り返してテロメアがなくなってしまえば、これ以上DNAを複製することはできない。これは生物の老化の原因の1つとも考えられ、なんのためにこのようなことが起こるのかは不明である。 PCR法は人工的につくったDNAプライマーを用いることで、このようなことを起こさずに増幅できるのである。

剰余類の星を見る

この記事は、数学A 「整数の性質」 が既習の方を対象に書いていますが、
未習の方でもある程度理解できるよう脚注*1 を付しています。

お久しぶりです(^-^)

私事ですが、先日第1志望の大学の入試が無事終了し、現在ドキドキの合格発表待ち期間です。


もともと数学が大好きで、理科も好きなほうだったとはいえ、受験勉強はやっぱり大変で、何度もだらけそうになったりもしました。

でも、志望校を最後まで変えることなく、友達と支え合いながら頑張れましたし、何より体調も崩さず、それなりに良いコンディションで当日を乗り切れて一安心です。


ただ、個人的には試験終わってから合格発表までの期間のほうが苦しくて…不安に潰されそうな毎日で、大丈夫だよって優しい言葉をかけてくれる友達に救われます。


でも、採点期間が長いのは大学の先生方がきちんと厳密に採点してくださっている証拠。
あんまり早いと逆に適当なんじゃないか?!と不安になります。気長に待とうと思います。


受験って、大学によっては複数回チャンスのある場合もありますが、基本一発勝負じゃないですか。もう一度チャレンジしたくても1年間待たなくてはならない。

本番体調が優れなかったなど様々な要因で、努力したにも関わらず結果を残せないというケースもあり得ます。
もし、自分が1番行きたい学校に合格できたら、そんな人たちがいたんだということを常に忘れず、自分がその学校の生徒として認められたことに感謝して最後まで通いたいものですね。
(まあ、そんなの綺麗事じゃんと言われてしまったら何も言い返せないのですが。)


報われるべき人が全員報われる世界があれば誰もが幸せなはずです。
でもそんなものは残念ながら理想論で。
受験だけに限らず、今年も、これからも、報われるべき人が1人でも多く報われることを願っています!

結局1番言いたかったことはこれなのでした。

…と、どこから目線で言っている私は、今回の受験で、「報われるべき人」 となれたのでしょうかね。



本題

さて!タイトルにもある通り、本日のテーマは剰余類 (じょうよるい) です。

剰余類とは?
いろいろな数字を、ある数で割った余りで分類したもののことです。
3で割った余りで分類すると、5と11は同じカテゴリー 「余り2」 に分類されるということです。

大学で習う定義だともうちょっと複雑だそうですが、高校における剰余類の定義はこれです。


ちょうど4ヶ月ほど前の話ですが、放課後一緒に教室に残って勉強していた友人が、ふとこんなことを教えてくれました。


0から9までの点を円上に並べます。
そして、九九の1の段に出てくる数の下1桁だけを取り出した数を、順番につないでいきます。
1×1=1、1×2=2、ですから、まずこんなふうに1と2がつながれます。

次に、1×3=3、ですから、2と3がつながれます。

これを繰り返していくと (九九だと、1×9=9、で終わりですが、そのまま1×10=10 (→下1桁をとって0) というふうに続けられますね)、最初の点に戻ってきます。1×11以降は同じ線の上をぐるぐる回るようです。

するとこんな図形が出来上がります。正十角形ですね。


九九の2の段で同じことをすると…

2×6=12、ですでに1周してしまいました。正五角形です。2の段ですので奇数の点は通らないのですね。


どんどん続けます。3の段です。

全部の点を通っていますね。


4の段です。

おお、馴染みのある図形が出てきました。星型です。やはり奇数の点は通りませんね。


5の段です。

なんとこれだけです。確かに5の段の下1桁は5か0かの2択ですもんね。5×3=15、の時点ですでに1周です。


6の段です。

あれ、見覚えがありますね。4の段とまったく同じ図形です!
実際に点を指でなぞって確認してほしいのですが、4の段と図形は同じですが逆回りになっているようです。


7の段です。

またもや見覚えのある図形が出てきました。3の段と同じです。こちらも、図形は同じものの逆回りです。


8の段です。2の段と同じ図形、逆回りです。


9の段です。1の段と同じ図形、逆回りです。


九九にはありませんが10の段を考えてみると、下1桁はすべて0なので、線は出てこないですね。
点は10個ですし、このへんで止めておきましょう。

今まで出てきた図形をまとめてみます。
緑の字は段の数を表します。

どうやら、1と9、3と7のように、足して10になる段数のときに、同じ図形が出てくるようですね。


友人と一緒にこれらのいろいろな図形を黒板に描きながら、私は疑問に思ったのです。

①なぜ、段数が足して10になる組み合わせは同じ図形を描くのか?
②なぜ、1周するまでにすべての点を経由する段と、一部の点だけ経由して1周してしまう段があるのか?
③もし、点が10個ではなかったら、どうなるのか?

私はこれらの問いについて、彼女と考えてみることにしました。


まず①ですが、この10という数字は、点が10個であることと関係がありそうですよね。
ということは、点が10個あるときは 「足して10」 ですが、点が9個のときは 「足して9」 のときが、同じ図形を描く条件であると考えられます。
順番が前後しますが、①より先に③を考えてみるのが手っ取り早そうですね。

さて、点が10個でないときどうなるか。
そもそもこれらの図形は、計算をした結果の 「下1桁」 を考えているからこそ、点が10個あるわけですよね。どんな整数でも、下1桁は0~9 の10個の数字のうちのいずれかになります。これを利用しているわけです。

ここで点を勝手に9個にしてしまったらどうなるのでしょうか。10個の数字のうち、どれかをなくしてみましょうか。
…いやいや、今日世界から突然3を消すなんてことはできませんよね。


問題にぶつかったときは定義にかえることが大切です。
世の中の数字が10種類であるそもそもの理由はなんでしょう?

そうです!
世の中が十進法*2 で回っているからです!!
(余談ですが、十進法が使われている理由としては、人類の指が10本であり、昔から10を1単位としてものを数えてきたからだと言われています。)

ということは、九進法の世界で考えれば点を9個にすることができるし、十一進法の世界なら11個にすることができるということになりますね。

二進法や三進法ですと点が少なすぎて考察しにくそうなので、九進法と十一進法あたりで試してみましょうか。


九進法では、9という数字を使わず、8₍₉₎の次が10₍₉₎ (=9₍₁₀₎) *3 になるので、点が9個になります。

ここから先は、今までやってきたのと同じ操作を、出てくる数字を9進数に変換した数字の下1桁で考えます。

まず1の段です。
9₍₁₀₎=10₍₉₎→0、10₍₁₀₎=11₍₉₎→1
(※ 「→」 は数字の下1桁を取り出す操作を表します。)
なので、このようになります。


2の段です。
10₍₁₀₎=11₍₉₎→1、12₍₁₀₎=13₍₉₎→3、
14₍₁₀₎=15₍₉₎→5、16₍₁₀₎=17₍₉₎→7、
18₍₁₀₎=20₍₉₎→0、20₍₁₀₎=22₍₉₎→2
なので、このようになります。

十進法では奇数の点は通りませんでしたが、九進法ではすべての点を通っていますね。問②につながりそうです。


同様に繰り返します。どんどんいきましょう。
…うーん、3や4の倍数を9進数に変換していく作業がなかなか面倒です。
なにかもっと簡単な方法はないでしょうか。
今回も、「定義にかえって」 みますよ。

今やっている作業は、10進数での操作を9進数に拡張するというものです。
10進数での操作、それは段の数の倍数の下1桁を取り出すというものでした。
下1桁を取り出すって、一体何をしているのでしょうか?

十の位以上の位がどのような数字であれ、すべての数をたった10種類に分類している、ということです。

気付いていただけましたか?
キーワードは 「分類」 です。冒頭で私が述べたこと、そしてこのお話のタイトルを思い出してほしいのです。

そう!下1桁で数字を分類するということは、「10で割ったときの剰余類」 を考えるということと同値ではないでしょうか!

では、9進数に変換したのちに下1桁を取り出すという操作ならば…?
「9で割ったときの剰余類」 ですよね。

すなわち、これまで点の横に書いていた1桁の数字は、剰余類における 「カテゴリー」 を表していたというように考えることができます。

このように考えると、わざわざ9進数に変換することなく、9で割ったときの余りをつないでいくことで同じ操作が可能ですね。
確かに、数字を9で割ったとき、とりうる余りは0から8までの9通りですので、用意した9個の点に一致しています。

よって3の段は
3→3、6→6、9→0、12→3
(※ 「→」 は9で割った余りへの変換を表します。)
なので、こうなりますね。

正三角形が現れました。


4の段は
4→4、8→8、12→3、16→7、20→2、
24→6、28→1、32→5、36→0、40→4
なので、

このようになります。


さて、先ほど、点が9個のとき、段数が 「足して9」 になるときは同じ図形を描くという仮説を立てましたよね。
実際、5の段をやってみると…

やはり、4の段と同じ図形が出てきました!


同様に、6の段は3の段、7の段は2の段、8の段は1の段と一致します。

まとめると次のようになります。


そろそろ飽きてきたと思うので、11進数は各段の紹介は割愛して、まとめたものを紹介しようと思います。

っと、その前に少しだけ補足を。
11進数では、10進数の 「10」 にあたる数を1文字で表す必要があります。が、この世界が十進法で回っているため、アラビア数字は10種類しかありません。なので、一般にアルファベットの 「A」 が使われています。10₍₁₀₎=A₍₁₁₎です。

16進数ですと、10進数の10, 11, 12, 13, 14, 15 を、それぞれA, B, C, D, E, F で代用しているということですね。位取り記数法*4 において、組み合わせる数字を1文字にしておかないと、混乱しますからね。

さて、11進数の図形はこのようになります。余りが10になる数字は点 「A」 を通るわけです。
やはり、「足して11」 になっていますね。


※以下、nとkは任意の自然数 (ただしn≧k) とします。

問③:もし、点が10個ではなかったら、どうなるのか? について、

点が10個でない場合 ── 一般に点がn個の場合 ── でも、

  • 段の数の倍数を、n進数に変換したときの一の位、すなわちnで割ったときの剰余類を考えることにより、点が10個のときと同様の操作が定義でき、図形を描くことができる。
  • 「足してn」 となる2数の段で描かれる図形は一致し、図形の描かれる方向は逆回りである。

という結論が出せました。


では次に、問①:なぜ、段数が足して10になる組み合わせは同じ図形を描くのか? です。

先ほど、点の数をnに拡張したので、n進法においての 「足してn」 の組、といったほうが適当ですね。

これはそれぞれの図形が描かれる過程に着目することで理解できます。
10進数で考えます。

1の段では、1×1、1×2、と進んでいくにつれて、10で割った余りは1ずつ増加する (10の剰余類で考えているため、9から1増えた数は0とします。) ため、つながれる点はすべて隣接し、時計回りにつながれていきます。


一方9の段では、9×1、9×2、と進んでいくにつれて、10で割った余りは1ずつ減少するため、つながれる点はすべて隣接し、こちらは反時計回りにつながれていきます。

そのため、1の段と9の段では、「隣接している点をつなぐ」 という規則がともに成り立つので、最終的に1周したとき、できあがる図形は同じで逆回りになるのです。

2の段も見てみましょう。

2の段では、10で割った余りは2ずつ増加するため、点を1個飛ばしで時計回りにつないでいきます。


一方8の段では、1個飛ばしで反時計回りにつながれるのですね。

一般に、k×1、k×2、…をnで割った余りは規則的に変動するので、同じ間隔で点がつながれていきます。その 「間隔」 というのが、kの段と(n-k)の段では一致し、符号が反対になるので、1周回ったとき同じ図形が描かれているのです。

nやkなどという文字を使うと一気に難しく感じると思いますが、上で述べた具体例を理解していただければOKです!

これが問①の結論と言えそうです。


では最後に、問②:なぜ、1周するまでにすべての点を経由する段と、一部の点だけ経由して1周してしまう段があるのか? を考えましょう。

もう一度11進数のときの図形を見てください。

ここで注目してほしいのが、11進数のときだけ、どの段でもすべての点を通っているということです。

そういえば、9, 10, 11 のうち、11だけが素数ですね。それも関係があるのかもしれません。

9, 10, 11進数において、どんなときにすべての点を通るのか考察してみます。

11進数では、すべての数で、すべての点を通ります。

9進数では、

1, 2, 4, 5, 7, 8 の段ではすべての点を通りますが、3, 6 の段では通りません。

10進数では、

1, 3, 7, 9 の段ではすべての点を通りますが、2, 4, 5, 6, 8 の段では通りません。


同じ2の段でも、9進数と11進数ではすべての点を通りますが、10進数では通りません。

つまり、すべての点を通るかどうかは、段の数自体ではなく、「段数と進数との関係」 に影響されていると考えられます。


では、10進数のとき、1から9までの数字のうち、1, 3, 7, 9 (以下、グループAとします) だけがもつ共通の性質はなにかないでしょうか?
2, 4, 5, 6, 8 (以下、グループBとします) はもたない性質です。

偶数、すなわち2の倍数が全部グループBに属するのが気になりますね。しかし、奇数である5もグループBなんですね。

…2と5? 10=2×5、ですよね。
グループBはすべて2の倍数または5の倍数です。
一方、グループAはすべて2の倍数でも5の倍数でもありません。
そして、この2と5というのは、10の約数です。

見えてきましたね。
グループAは、すべて10と共通の素因数*5 をもたないんです!
これを言い換えると…??
そうです。「互いに素」 *6 ですね!

ということは、グループBは、「互いに素でない」 グループですね。


これを踏まえて9進数を見てみましょう。
グループA : 1, 2, 4, 5, 7, 8
グループB : 3, 6

確かに、グループAに属する数だけが、すべて9と 「互いに素」 です。


11進数も見てみます。
グループA : 1~10すべて
グループB : 要素なし

素数はそもそも1とその数自身しか約数をもたないので、自身より小さい数はすべて 「互いに素」 になりますよね。
1~10がすべてグループAに属するのは、11が素数だから、ということで納得ですね!


っと、まだ問②は解決していないですよ。
なぜ段数と進数が 「互いに素」 ならばすべての点を通るのかの説明がついていませんからね。

段数と進数が互いに素でないとき、通らない点が存在するというのは直感的にわかりやすいので、説明してみます。

10進数の2の段では、10と2が共通の素因数2をもつため、1個飛ばしで点を選ぶことによって、円周が5等分されてしまいます。そのため、点2から始まって、5回目の移動で点2に戻ってきます。

10個すべての点を通るためには、少なくとも10回の移動が必要ですが、スタート地点に戻った瞬間同じことが繰り返されるので、2の段では5回しか移動できないも同然です。

そのため、2の段ではすべての点は通ることができないのです。

互いに素でない他の組み合わせでも同じことが言えて、10進数なら10回目、9進数なら9回目の移動よりも前に最初の点に戻ってきてしまうと、すべての点は通ることができませんね。


では、互いに素である場合は…?
これがなかなか難しいんですよね。互いに素である場合、最初の点に戻ってくるまでの間に、すべての点を通っているだけでなく、同じ点を重複して通っていないというのもポイントです。

私と友人も、その日はこれについては解決できませんでした。


しかし数日後、数学の問題集を解いているときに、私はこの問を解決できそうな入試問題に出会ったのです!


その問題がこちら。
※以下の説明の都合上、問題に使われている文字を一部変更しています。実際には、nではなくpが、kではなくqが使われています。

n, k を互いに素な正の整数とする。

(1)任意の整数xに対して、n個の整数 x-k, x-2k, ……, x-nk をnで割った余りはすべて相異なることを証明せよ。

(2)略

[2008 奈良県立医大 (一部改変) ]

解答例は記事の最後に。


(1)の問題文は、証明せよと言っているのですから、まあ成り立つわけです。
そして、実はこの命題は、あとで証明で確認してほしいのですが、同様の方法で、文中にある 「-」 をすべて 「+」 に変えても成り立つことが証明できます。

今回はこの問題の、「+バージョン」 に着目したいのです。

この問題において、xは任意の整数、つまりどのような整数でも成り立つということです。なので、x=0としても成り立ちますよね。

すると、上記の問題文の 「+バージョン」 は次のように書き換えることができます。

nとkを互いに素な正の整数とする。
このとき、n個の整数 k, 2k, ……, nk をnで割った余りはすべて相異なることを証明せよ。

これは証明ができるので、真な命題です。


ここで、nを進数、kを段数とすると、nとkが互いに素であれば、n個の点すべてを漏れなく、ダブりなく通ることが説明できます。
点はそもそも、剰余類、すなわち、nで割った余りを表しているんでしたよね。

これで問②:なぜ、1周するまでにすべての点を経由する段と、一部の点だけ経由して1周してしまう段があるのか? が解決です。


長くなりましたが、この記事が、数学Aの整数の性質で学んだ剰余類やn進数などに興味を持っていただけるきっかけになれば幸いです!

今回扱ったのは9, 10, 11進数の場合の図形のみですので、
5進数だとどうなるんだろう?
じゃあ、16進数では??
と疑問が湧いてきた方は是非!進数や段数をいろんな値に変えた星々を描いて楽しんでみてはいかがでしょう。


最後に、先ほど紹介した問題の解答例を載せて終わります。まだ解いていない人は、良かったら自力で証明できるかチャレンジしてみてくださいね(^^)


〈証明 (もとの問題) 〉
x-akとx-bk (1≦a<b≦n, aとbは自然数) をnで割った余りが一致すると仮定する。
このとき、(x-ak)-(x-bk) すなわち (b-a)k がnで割り切れる。
ここで、b-aとkは整数であり、1≦a<b≦n であることから、1≦b-a≦n-1 であるので、b-aがnの倍数であることはない。
よってkがnの倍数である。
これはnとkが互いに素であることに矛盾する。
ゆえに、n個の整数 x-k, x-2k, ……, x-nk をnで割った余りはすべて相異なる。(証明終)

〈証明 (+バージョン) 〉
x+akとx+bk (1≦a<b≦n, aとbは自然数) をnで割った余りが一致すると仮定する。
このとき、(x+bk)-(x+ak) すなわち (b-a)k がnで割り切れる。
以下、上とまったく同様。(証明終)



*1:←この青字の数字をタップすることでもとの文章の場所に戻れます。

*2:進法とは、数を表記するときに、いくつを単位にして次の位に繰り上げるかということです。私たちが普段使う十進法では、10個単位で次の位に進むため、1が10個集まったものが10で、10が10個集まったものが100で…というふうになっています。そのため、10種類の数字が必要です。例えば二進法では、1が2個集まったものが10であり、その10が2個集まったもの (十進法で言うと4) が100で…となります。そのため、数字は0と1の2種類しか必要ありません。

*3:数字の右下についたカッコ内の数字は、何進数での表記であるかを表します。私たちは日常生活で基本的に十進法しか使わない (コンピュータ内では二進法が使われていますが…) ため、₍₁₀₎は大抵省略されています。

*4:35という数字が、10が3個と1が5個という意味を表すように、数字を右から順に一の位、十の位、…と定めることによって表される数字の書き方のことを、位取り(くらいどり)記数法といいます。位取り記数法が使われていない数字の表し方として有名なものに、ギリシャ数字があります。VIIは7を表しますが、これはV(=5)+I(=1)+I(=1)という意味なので、こんな書き方は実際しないでしょうがIVIと書いても同じ数を表しますよね。その代わり、大きな数を表すとき、大量の数字が羅列して見にくくなることがあります。大きな数でも簡潔に表すことができる一方、数字を入れ替えると異なる数になってしまうというのが位取り記数法の特徴です。

*5:54=2×3³、105=3×5×7、というふうに、すべての数は素数の積に分解することができ、その数を構成する素数を素因数、数字を素因数に分解することを素因数分解といいます。

*6:2つの自然数が、共通の素因数をもたないことを、互いに素(たがいにそ)といいます。